インドネシアの配車アプリサービス(Go-jek・Uber・Grab他)とシェアリング・エコノミー

2016年3月22日、インドネシアのジャカルタでは、陸上交通運転組合先導のもとに、タクシードライバーや乗合バスの運転手らがスマートフォン・アプリを使った一連の配車サービス禁止を訴える大規模なデモを起こしました。当日のデモは一部の参加者による、デモに加わらなかったタクシーや、現在ジャカルタのバイクタクシー市場を圧巻しつつあるGo-jekドライバーらを標的とした破壊・暴力行為などにも発展してしまいました。今回のデモのメインターゲットであるUber社、Grab Car社は共にインドネシア国外からやってきた配車サービス。インドネシア既存のBlue Bird社やExpress社などのタクシー会社の料金表と比べ、格安で利用勝手のよい配車サービスとして認知されつつありましたが、個人自動車を営業車登録せずに運用している等、法の未整備も含めてグレーゾーンでの営業が続いていました。

デモに参加するタクシー群
デモに参加するタクシー群

さて、このタクシーデモの背景には、大手既存タクシー会社と新興IT系配車サービス会社との拮抗、並びに、旧ビジネスモデルから新ビジネスモデルへのシフトにともなう双方の避けられない衝突ポイントであったと捉えることもできそうです。これらの現象に関して先日、インドネシア大学経済学部教授のRhenald Kasali氏がオンラインコンパス上にユニークなコラムを掲載していましたので、今回はそちらを全訳で紹介したいと思います。コラムの内容を先に要約すると「旧体質的な所有独占経済から、より生産的なシェアリング・エコノミーへの移行を目指そう」です。また、Go-Jekなどの配車サービスを旧共同体の富の分配構造に見立てるなど、高度成長期ならではのオリジナルな視点もみられ興味深いものでした。ではどうぞ。

 

タクシードライバーのデモとシェアリング・エコノミー現象

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Go-Jekの直観的なアプリ

シェアーするから安い。ようこそ、新世代の若者たち!!

彼らはたしかに「所有」文明の中で育った大人たちとは違う。大人たちの知っているビジネスの概念とは「買って、制圧する」だ。よって全てが高くつく。自動車は自分で買うもので、土地、建物、工場、材料、全ては明確な所有者のもとにある。結果、資金は膨らむ。ショッピングモールを開くためにすることは山ほどある。ところが、彼ら新世代にとってはインターネットにアクセスすれば十分ということになる。各ロボット(デジタル技術)たちに任せ、ショップを開くために各物品の所有者たちを募り、そして利益が分配される。

運輸ビジネス(UberやGo-jekなどの配車サービスのこと)もこれと同じだ。一番高くつくのは「アイデア」だけで、その後アプリが作られる。車やバイクの所有者は誰でもこのビジネスに参加が可能で、自動車・バイクは夜になれば所有者たちの自宅駐車場へ帰っていく。セキュリティサービスも不要という訳だ。

結果的には予想通りというか、一部旧世代の大人たちは、あらゆるものの値段を安くしてしまう彼らの所業を誤った視点で認識してしまう。

Go-Jek配車サービス。バイタクの他に、デリバリー、買い物代行など様々なサービスを提供する。
Go-Jek配車サービス。バイタクの他に、デリバリー、買い物代行など様々なサービスを提供する。

もしこれらが流行ればクレイジーなことが起る。インドネシアはインフレどころかデフレに見舞われるかもしれない(筆者注:インドネシアは長くインフレに悩まされている)。ところが彼らは今、公正取引委員会によって違法化されうる略奪価格設定戦略 ※1を取っていると非難さている。 本来150,000ルピアのタクシー料金が70,000ルピアになってしまうのだ。一泊1,000,000ルピアのホテル代も200,000ルピアとなる。これらははたして不健全な競争といってしまってよいものなのだろうか。

 

※1 競合他社の排除、市場規律回復を目的として、破壊的な低価格で他社に損失を与えるような価格戦略

 

合法化か犯罪化

しかし確実にいえることは、彼らのビジネスは、陰でコソコソ行われる売春斡旋のオンラインサイトとは全く別物だということ。第一に彼らは私たちの目の前に堂々と登場してきた。皆さんも一度くらいは彼らのサービスを利用したことがあるのではないか。しかし、一部の人々は、やはり彼らと違法ビジネスを同じものとして扱う。既にあらゆる領域でその台頭が明らかな共有経済(シェアリング・エコノミー)に対するこのような私たちの無理解が、さらにシェアリング・エコノミーの概念を悪化させている。我々は彼らのことを略奪価格戦略主義者と言い、彼らのサービスの安全性は保証されたレベルではないとも言う。

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Go-Jekのドライバー評価システム

しかし彼らは3年も前からこの2点について検討し、ドライバーの共有評価システムを導入、発展させるに至っている。これによって、客から評判の悪いドライバーは誰であろうともこの共有コミュニティーから蹴落とされる仕組みだ。彼らの履歴は毎日毎日インターネット上でレビューされる。

大人たちにとって、これら若者のビジネスモデルを理解するのは容易いことではない。一部の行政執行者や旧体質で莫大な固定価格に絡めとられた経営者らは、新世代のビジネスが頓挫するような要求を続けている。もしくは、公衆の言葉を借りれば「犯罪化」ともいう。罠にかけられ、逮捕され、解散させられ、ブロックされ、そしてわが共和国から追いやられる。

しかし、一筋縄には行かないことに、このシェアリングという世界には国境という概念が存在しない。ここから追いやられても外国からのオペレーションが可能なのだ。海外で違法化、罰金、禁止措置を何度受けても彼らは別の場所で再復活する。時にシリコンバレーの支援まで受けて(筆者注:Uberはアメリカ発、Grabはマレーシア発)。

私自身は変化の道を選択する。読者の皆さんもこの自然の流れに立ち向かうことは厳しいことと察する。いつまでも喧嘩を続けるより合わせていくことが正解だろう。

ずっと以前から専門家たちは「新しい技術は人々に新しい方法で考えることを要求する」と指摘してきた。ピーター・ドラッガーの言葉を借りれば「新技術 × 旧式マインドセット = 失敗」ということだ。新技術には新たなマインドセットが必要となる。これでようやく我々の発展に寄与する。よって、旧来のオジェック(筆者註:バイクタクシーのこと)のおやじが緑や青のジャケットに着替えたように(筆者注: 緑はGo-jek及びGrabの、青はBlu-jekのドライバージャケット色)、旧体質の経営者にも変化が必要となってくる。

一定数の顧客にとってタクシーサービスとは依然快適なものだ。しかし、残された市場は残りわずか。以前のような市場はもう見込めない。ということで、「シェアリング・エコノミー」という新たなプラットホームへの備えが必要となってくる。そして、ひとつ覚えておいたほうがいいことがある。少しすれば、今度はホテルの所有者たちがデモを行いairbnb.comcouchsurfing.com、その他の類似サービスを解散させよと訴えてくるだろう。

 

仮眠中の資産

「所有経済(owning economy 筆者注:共有経済に対して)」の発展に伴う問題、例えば、どこに行ってもゴミが山積みなのは、皆が個別の所有欲を持ってしまったがための残骸で、同様に、道路は超渋滞状態に、水は一層汚れ、貧富の差もここまで大きくなってしまった。これらの問題は資本主義の悲劇に帰する。資本主義には、戦略的な資本支配効果を以て、平等に分配することをよしとせず、個人的な財産権や資本増幅を推奨する側面がある。

過去、私たちの祖先は分配(シェアー)システムの中で生きてきた。彼らは田舎の村落で暮らし、他人の土地を横切ることなど問題にもならなかった。そもそも土地には塀など存在しなかった。

しかし、時代は変わった。御覧の通り各土地は他人によって支配され、土地の状況も一変した。彼らにシェアーの概念などない。それどころか、そこを横切ることすらよしとしなくなった。

「所有経済」文明とともに、一定数の個々人は戦略的資産をすぐに嗅ぎ付け、それに塀をしてきた。例え、長期間の利用が行われないとしても。 その結果、50%以上の土地が休眠地となってしまった。ここには将来、別の目的のために流用される農作地も含まれる。野菜ではなく柵が育てられ、高い塀が築かれるだけの土地である。経済学者に言わせると「未活用(underutilized)」もしくは「遊休キャパ(idle capacity)」ということになる。ムダで、失業中で、非生産的という訳だ。

各工場、農園、高級ヴィラ、流行の自動車、全てを制圧するにはするが、それが月一回所有者によって利用されるかどうかというのはまた別の話である。お化け屋敷になったり、使われることのない装飾品になったり。「Nice to have, only」という具合だ。

変化の世代とともに新しい技術がやってきた。若者たちにとってシェアリング・エコノミーとは人の強欲からこの地球を救い出す救済者のようなものだ。彼らは分配機会についての実用的なイデオロギーを構想する。社会起業家のあとにシェアリング・エコノミーがやってきた。

「中古が使えるのに何のために新品を買うのか」と彼らは言う。結果、ガレージや倉庫に眠っていた数百の中古品がe-BayやOLX、Kaskusといったサイトで売買される。クレイジーなことに前世期のLP盤も復活した。 希少価値の高い自動車のレムなども見つけ出すことができるようになった。

今度は、休眠中の農園は農業を目指す若者たちに斡旋され、そこで育った収穫物はigrow.comを経由して消費者に直接販売されるようになる。住宅や空部屋の所有者たちも同様で、ホストの中にはオプションサービスとしてガイドを行うものも出てきた。おじさんの家に泊まるような感覚だ。

フランスには洗濯機の共有コミュニティー、それどころか食器洗い機の共有コミュニティーまでがあるそうだ。インドネシアでも理学療法専攻のディプロマ3卒業生が脳卒中患者の治療のためにマッサージサービスをシェアするサービスがある。 要は、手当されずに壊れていくよりも現金化、未活用より安くともフルに使われること、これが原則だ。

価格下落によるデフレが発生し、廉価な宿泊施設の選択肢が増えることで予測不能の観光ブームが到来し、市民の持つ休眠資産は生産的なものにシフトされ、環境保護も一層進むだろう。シェアリング・エコノミーが経済兆候としての盛り上がりを見せれば、これらのブームはきっとやってくるだろう。

反対に、ネガティブな影響も出てくる。この新しいビジネスモデルの戦いの中で自然淘汰(競争)から抜け出せなかったものに対する失業問題、消費者が移行していったがために大きな損失を被るであろう従来型の各セクター、そして、改革着手が遅れた各法律執行機関または行政執行機関による「犯罪化」である。

今、この国には二つの選択肢がある。一つは、この大きな市場が海外オペレーションによる違法経済圏になってしまうリスクを抱えながら「所有経済」を生き残る道、そしてもう一つは、シェアリング・エコノミーを正式に合法化し、旧世代がこの時代に適合できるように後押しすることである。

 

皆さんもじっくり考えてみられてはいかがだろうか。
以上

 

インドネシア大学経済学部経営学科教授 Rhenald Kasali

 

 

日本でも同様の問題を抱えるシェアリング・エコノミー

さて、インドネシアでのシェアリング・エコノミーの息吹と既存勢力との拮抗の様子を感じて頂けることは出来たでしょうか。実はこれと同様のケースが日本でもリアルタイムで起こっています。一つはUberをはじめとするアプリによる配車サービス、そして、2020年の東京オリンピックをピークとする宿泊設備不足に伴う民泊ブームです。Uberは国土交通省が「自家用車による運送は白タク行為」と注意喚起したことにより2015年3月にサービスは中止に追いやられました。一方、同年10月には国家戦略特区諮問会議で安倍首相が「過疎地などで観光客の交通手段として、自家用自動車の活用を拡大する」と述べてはいますが、配車サービスの展開についてはネガティブな状況と言っていいのではないでしょうか。民泊サービスに関しても法整備の遅れを含め、観光庁からは「空き室を旅行者に対して仲介する行為自体は規制対象ではないが、仲介サイトを通じて反復継続して有償で部屋を提供する者は行政許可が必要、無許可営業には指導が入る」(wiki参照)と見解が出されています。また、政府は2016年内にオンラインを利用した民泊サービスに対する規制緩和についての結論を出すともしています。

日本より遅れてやってきた人口ボーナスと高度成長、そして、IT革新によるフラット化した世界がパラレルに同時進行するインドネシア。方や高度成長期を追え成熟期にある日本。どちらの国が今回のこのシェアリング・エコノミーのブームにうまく適合していくのか。配車サービスに関してはインドネシアが日本を先行し、大ブームを起こしました。またバイタク配車サービスのGo-jekはジャカルタ市民に対する交通サービスとして市場を圧巻しつつあります。旧勢力側からのデモはその証拠です。実は、私個人は大手資本による格安配車サービスの独占市場化に100%賛成の立場ではありません。タクシー業界は大いに健全な市場競争を行えばいいと願いますが、Rhenald Kasali氏の言う「シェアリング・エコノミーは旧共同体の相互シェアー構造に相当」という考えには若干懐疑的です。逆に経済成長期の只中にあるインドネシアに生き残っていた旧共同体(地場に密着した個人バイクタクシー)が巨大IT資本へ吸収される最終段階のように感じてしまい、少し感傷に浸ったりしておりました。どちらにしても、今後のインドネシア、日本両国におけるシェアリング・エコノミーの進展、要注目です。

 

参考:
Rhenald Kasali氏コラム –Kompas.com
日本のライドシェアについて –時事通信
日本の民泊サービスについて -Wiki
 



 


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