ジョコ大統領: パプア人権侵害問題は忘れよ

 

過去のことは忘れよ。以上だ。過ぎ去ったことをとやかく言い続けるのはやめよ。 これらに完全な解決などない。我々は前を見ている。過去のことばかり問題にするのはやめよ。他に言うことはない。非難し続ける連中は勝手にやっていればよいが、我々は前を見ている。過去を掘り起こす気はない。

- インドネシア大統領ジョコ・ウィドド -

 

先日のパプア訪問時、インドネシア大統領ジョコ・ウィドドは、パプアの政治犯5名への恩赦及び、外国人記者のパプアへの入域を自由化する旨を発表した。これらのニュースはインドネシア国内のみならず海外メディアにも取り上げられた。ジョコ大統領は今回のパプア訪問で、パプア問題の終結、そして開発による新たなパプアの時代をメディアを通して国内外へ訴えた。1969年にパプアがインドネシア領に併合されて以来、独立分離運動を契機としたパプア紛争に悩まさ続けた時代は過ぎ去った、これから国民の福祉と繁栄を目指す新たなインドネシア領パプアの時代が始まるというピーアールだ。

ところで、上記の「過去のパプア問題は忘れよ」発言は、政治犯への恩赦発表時、報道陣から今後のパプア人権侵害問題や暴力問題に政府はどう対応していくのかを問われたジョコ大統領からの回答である。恩赦にギブアンドテイクな譲歩の臭いを付けてしまった。

ただし、私的にはジョコ大統領の口調が普段よりきつめであったのが印象的であった。

 

原因からしか学びは得られない

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ベニー氏 - bbc.co.uk -

ジョコ大統領の発言に対し、地元パプアの教会会議長のベニーは怒りを隠しきれない。
「ふざけきっている。過去を忘れろだと。ふざけている。今、大統領・国軍・警察が見ているのは結果だけで、ジョコウィを含む歴代インドネシア政府は原因を問題にしようとしない。これは我々の問題であり、原因は過去にある。これらは全て公にして解明されるべきものだ。なぜか。なぜなら原因からしか我々は学びを得ることが出来ないからだ。彼らは原因に蓋をして結果の話しかしない。5名の政治犯への恩赦は、過去の原因究明へ蓋をするための工作だと疑ってもしまう訳だ」。こう彼は、ジョコ大統領含む歴代インドネシア政権を批判した。

その他、ベニーは今回の政治犯釈放はジョコ大統領訪米前のイメージ作りではないのかとも述べている。今回政治犯側からの恩赦請願はなく、政府側からのアプローチで彼ら5名の釈放が決定したという。恩赦発表前に、ジョコ大統領は、イリアナ夫人、司法相・人権相ヤソンナ、パプア副知事らと共に釈放される5名と密室会議を行い、彼らに対する国家の行いを謝罪した。ジョコ大統領の訪米は2015年7月予定である。

 

パプア問題とは

パプアは、金、銅、石油等、天然資源に恵まれた土地である。端的にはこれがキーワードとなり、時の権力者はパプアの利権を確保するためにこの地を収奪の舞台に変え、パプア住民は、この負の歴史に勝手に放り込まれた。駆け足でパプアの歴史を振り返る。

パプアは1949年にインドネシアがオランダから独立した後も、オランダ領ニューギニアとしてオランダの植民地に留まった。1961年、オランダがオランダ領ニューギニアの独立を承認すると、インドネシアはパプアに対し武力介入を開始、「西イリアン解放作戦」が始まった。アメリカを中心とした国連はこの紛争の仲介に入り、1969年までにパプア人自身が自治権が行使することを前提に、1963年以降のパプア行政権をインドネシアに委ねた。1969年、パプア全住民による投票ではなく、インドネシア政府の統制下、インドネシア政府の組織した団体「民族自決協議会」によって行われたインドネシア伝統の民主主義的決定様式「話合い(musyawarah)」でパプアのインドネシアへの併合が決定した。

この時期、パプア問題への国連介入の他、インドネシアでは軍事クーデターを契機としたスカルノ政権の失脚、それとセットで行われた共産党撲滅作戦、そしてパプアでは、米国鉱物企業フリー・ポート社が好条件で採掘権契約を獲得するなど、アメリカとインドネシアの政治的な問題も指摘されている。

その後、パプアでは分離・独立運動が発生。自由パプア運動(OPM)らと国軍との紛争が激化、インドネシアは徹底的な独立派の殲滅作戦を展開した。この紛争によるパプアの犠牲者は約10万人にも及ぶという。

そして、結論的に、現在に至るまで国軍・警察と地元住民の諍いは未だ絶えない。様々な紛争や暴力事件は、ネットで拾えるのでそちらを参考願いたい。

 

人権問題に触れられないジョコウィ政権

冒頭で紹介した大統領の発言は、この10万人のことは忘れ、新しいパプアの未来を見ようという意味である。国軍の支持基盤と共に政権を継続させてきた歴代インドネシア政府が、治安維持の裏側に、暴力に根差した人権侵害問題を包括させてきたのと同様、ジョコウィ政権も国軍の人権侵害問題を抱えている。例えば、現国防大臣のリャミザードはメガワティ政権時のGAM(自由アチェ運動)掃討作戦における陸軍参謀長であり、当時戒厳令下のアチェにおいて、拉致、虐待、殺戮を主導したとされる人物である。同様に、メガワティ政権時の国家情報庁長官であり、ジョコ政権発足時には新政権のアドバイザーを務めた、現在も政権に近いヘンドロプリヨノも東ティモールの住民虐殺を含め多くの人権侵害問題に関わったとされる元陸軍特殊部隊の大物である。又、大統領選挙でジョコ・ウィドドを支持した与党ハヌラ党党首ウィラントも国軍司令官時代における東ティモールでの人権侵害問題が指摘されている。

先日インドネシア政府は、過去うやむやにされてきた人権侵害問題(G30Sやジャカルタ暴動含)の解決を目指すと発表した。ここには大統領自らが水に流せと述べたパプア問題も含まれる。しかし、これらパンドラの箱は、現政権をも揺るがす禁断のパンドラの箱であるが故に、今後も開かれることはないだろう。

 

1998年5月12日 トリサクティ大学学生射殺事件

最後に話題はパプアを離れるが、今からちょうど17年前の1998年5月12日、時の大統領スハルトの退陣を要求したトリサクティ大学の学生4名がデモ中に治安当局に射殺された。この象徴的な事件を契機に、インドネシアはジャカルタ大暴動、そしてスハルト政権の倒壊へと激動の時代へ突入する。新政府は、トリサクティ大学学生射殺事件の究明を約束したが、現在に至るまで、やはり事件の真相はうやむやにされたままである。

 

参考:
BBC Dunia Pagi Ini Senin 11 Mei 2015
http://id.wikipedia.org/wiki/Penentuan_Pendapat_Rakyat
http://www.mekong-publishing.com/books/ISBN4-8396-0275-8.htm
http://www.merdeka.com/peristiwa/pemerintah-sepakat-tuntaskan-7-kasus-pelanggaran-ham-masa-lalu.html
画像:
http://nasional.kompas.com/read/2014/12/18/17280821/Selain.Hadiri.Perayaan.Natal.Jokowi.akan.Blusukan.di.Papua