インドネシア高速鉄道報道と日本メディアのトレンド

記念碑に署名を行うジョコ大統領 -setkab.go.id-

はじめに

昨年9月に日本はインドネシアにおけるジャカルタ-バンドン高速鉄道建設プロジェクトの受注に失敗しましたが、その4か月後の2016年2月、蒸し返したように一部日本のメディアが醜悪な書きっぷりで、本件を再度大きく取り扱い始めました。記事の内容は一言でいうと「中国主導の鉄道建設は問題だらけ」です。部分的には一理あると思いますが、少し調べてみると、これらメディアの姿勢には独特の偏りが見られることがわかりました。また、こういった情報が今後の日本にとってマイナス要素になるのではないかという危機感も同時に抱かせる結果となりました。これらの記事にはソーシャルメディアの「いいね」が何千と押され、記事ランキングの上位に掲載され、一部はバズり(残念ながら当サイトはバズっていません(笑))、「インドネシア」というトピックには不釣り合いなトラフィックを獲得しています。以下にて、インドネシアを舞台とした日本メディア独特の偏向性を確認していきたいと思います。

 

目次

1. 高速鉄道に見る現地メディアと日本メディアのギャップ
2インドネシアに対する日本のインターネットメディアのトレンド
3インドネシア高速鉄道報道の現状確認
 3-1. 高速鉄道反対のメインストリームは野党政治家によるもの
 3-2. 高速鉄道建設自体への反対
 3-3. 建設認可が下りない問題
 3-4. 政府保証の問題
 3-5. 書類不備の問題
 3-6. ジャカルタ-バンドン路線の独占権
 3-7. 運輸省と国営企業省・政府の確執
 3-8. 早期に高速鉄道を完成させたいジョコ大統領
4. 今後とも遅延が想定されるインドネシア高速鉄道プロジェクト
5. インドネシアに関する日本語ニュースのレベル
6. 偏向的な報道に対して

 

1. 高速鉄道に見る現地メディアと日本メディアのギャップ

では、早速ですが今年2月のインドネシア高速鉄道報道にフォーカスし、インドネシアと日本の報道の決定的な違いを総括していきます。まず、インドネシア語と日本語で「インドネシア 高速鉄道」というキーワード検索を行った際の結果から、両国のメディアはどういった記事を書き、そこにどれだけ「中国の批判」が含まれているのかを調べてみました。具体的には出力された記事に含まれる「中国」ワードの露出度の確認です。

 

日本語とインドネシア語による「インドネシア 高速鉄道」キーワード検索結果に対する「中国」注目度をまとめた表

 

「中国」ワード出現数 ※1

タイトルに「中国」

日本メディア(2月3日) 35ワード 14件/23件total
日本メディア(2月6日) 30ワード 9件/16件total
インドネシアメディア(2月3日) 1ワード ※2 0件/15件total
インドネシアメディア(2月6日) 2ワード ※2 0件/25件total

※1 インドネシア語の「中国」は「CinaまたはChinaまたはTiongkokとする」
※2 2月3日の1件は社名、2月6日の2件は社名と鉄道名。

 

日本メディアとインドネシアメディアにおける高速鉄道記事「中国」ワード出現数 

cinaword

※インドネシアメディア(2月3日)の1件は社名。インドネシアメディア(2月6日)の2件は社名と鉄道名

 

日本メディアとインドネシアメディアにおける高速鉄道記事タイトルへの「中国」ワード出現数 

titlecina

上記表とグラフのために利用したデータ:

日本語「インドネシア 高速鉄道」検索結果 2月3日 → http://archive.is/8wBoy
日本語「インドネシア 高速鉄道」検索結果 2月6日 → http://archive.is/xIGv7
インドネシア語「高速鉄道※3」検索結果 2月3日 → http://archive.is/x9VNU

インドネシア語「高速鉄道※3」検索結果 2月6日 → http://archive.is/DU7D5

※3 インドネシア語の「高速鉄道」は「kereta cepat」とした。

 

上記結果を見てみると、「インドネシア・高速鉄道」のキーワードを用いた日本側の検索結果は「中国」という単語で溢れていますが、インドネシア側の検索結果から表示される「中国」という単語数は極めて微小(ほぼゼロ)です。ここでは各記事の詳細については触れませんが、高速鉄道に対する日本の報道とインドネシアの報道の明らかな違いが見て取れると思います。それは両国における「中国」に対する扱いです。2016年1月21日に執り行われた高速鉄道起工式後、インドネシアでは同プロジェクトに対する様々な批判が噴出しました。中国式高速鉄道採用のプロジェクトですので中国に対する批判が無いはずはありません。しかし、上記の結果から推測可能な通り、現地では鉄道建設批判の多くは中国にフォーカスされた中国にまつわる問題として論じられていません。現地の基本的なスタンスは、当事者であるインドネシア政府に対する批判をメインストリームとし、建設主体の合弁企業がその味付けに使われているというのが妥当的な表現だと思います。「中国のせいで」「中国に騙された」「日本のほうがよかった」というわかりやすく日本人には受け入れやすい表現はインドネシア現地にもあるとは思いますが、それらはメインストリームから外れたものといって差し支えないでしょう。同様に、日本の報道はたとえ日本語による日本人向けのニュースや情報であったとしても、現地のスタンスとは異なった=総体的に偏った情報提供をしているということは否定できません。

 

2. インドネシアに対する日本のインターネットメディアのトレンド

次に、過去10年における「インドネシア」に対するインターネットメディアのトレンドを確認しながら「中国主導の鉄道建設は問題だらけ」記事への軌跡を見ていきたいと思います。以下に示すのはGoogle社のグーグルトレンドを用いた「インドネシア」に対する各年のトレンド傾向のグラフです。

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グラフ上1番~10番に起ったインドネシアでの出来事一覧

1. 2004年2月 インドネシア観光ビザ有料化
2. 2004年7月 インドネシア初の大統領選挙
3. 2004年12月 スマトラ沖地震
4. 2005年6月 ユドヨノ元大統領訪日
5. 2005年10月 バリ島爆弾テロ事件
6. 2006年5月 ジャワ島中部沖地震
7. 2012年4月 スマトラ沖地震II
8. 2014年3月 クラカタウ・ポスコ社工場(韓国系企業)火災
9. 2015年9月 ジャカルタ-バンドン高速鉄道日本失注
10. 2016年2月 問題だらけの中国主導高速鉄道報道 ※4

 

赤丸10番が今回記事のテーマである「中国主導の鉄道建設は問題だらけ」に関するトラフィックです。まさに今、中国への憎しみが爆発寸前といった勢いです。さて、まず最初に確認して頂きたいポイントは、日本インターネットの「インドネシア」に対するトレンドは、2012年まではインドネシアの災害、事件、その他日本と直接関係のあるビザ問題や大統領の訪日などがトリガーとなっていたということです。これは極めて自然な検索ボリュームの結果だと思います。ところが、この傾向が2014年3月から崩れ始めます。

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黒翼猫のコンピュータ日記 2nd Editionさんから画像拝借

8番の「クラカタウ・ポスコ社工場火災」は2月22日、韓国の鉄鋼会社ポスコと現地クラカタウ社の合弁企業工場に火災が発生したものです。甚大な被害はなく現地でも小さな地方ニュース扱いで、ツイッターなどの現地ソーシャルメディアでも当日を除きほとんどトピックになりませんでした(当時私は日本の2ちゃんねらーの友人に頼まれて調べましたw)が、本件について日本の2ちゃん系メディアやキュレーション系サイトが「無いネタ」に対して報道管制だ等言って飛びつき如何に韓国企業はダメで壊滅寸前かというネタをぐだぐだと煽っていました。インドネシアのトレンドに単なる「嫌韓」が登場してしまった瞬間です。これに関してはさすがに大手日本メディアは相手にしていなかったと記憶します。念のため、同月、ジャカルタ元知事ジョコ・ウィドドが大統領選出馬を発表していますが、まだまだローカルなニュースでしたので日本のトラフィックに大きな影響はなかったものと考えます。そして、9番は記憶に新しいジャカルタ-バンドン高速鉄道日本失注報道です。こちらは日本の代名詞である新幹線方式が中国高速鉄道に敗れるというセンセーショナルな事件として当サイトもバズってしまいました。ここでも一部メディア(大多数ともいう)の傾向とユーザのニーズは「日本が失注した現実」ではなく、「如何に中国が汚いやり方で案件を奪ったか」にフォーカスされ、珍しくインドネシアのネタで日本のインターネットが盛り上がりました。インドネシアのトレンドに「嫌中」が登場した瞬間です。そしてポスコの時とは違い、本件に関しては日本の一部大手メディアがミスリードな記事で日本の世論を具体的に煽りました。こちらは当サイト「インドネシア高速鉄道報道:日本メディアのおかしな報道」に詳しいです。さて、最後が今回の赤丸10番「問題だらけの中国主導高速鉄道」です。日本とは関係が無い、災害でも事故でもない鉄道建設プロジェクトが日本のインドネシアトレンドに上り詰めてしまった忌まわしき瞬間です。中国に対する嫉妬心と憎悪の表面化、嫌中がインドネシアをダシに展開される新たなケースとなってしまいました。今回の「問題だらけの中国主導高速鉄道」報道について日本の一部大手新聞メディアはいつものように5日遅れで脚色記事を掲載しはしましたが、正直それよりもひどかったのが、それ以外の有象無象のメディアです。ヘタに屋号に「ニュース」「グローバル」などを使い更にヤフーの記事やグーグルニュース検索に掲載されてしまっている手前、インドネシアのことをあまり知らない一般ユーザはこれらの偏向記事を無防備に信用する他ありません。大手メディアが先導して記事を書き、遅れてお墨付きを拝む形で地方メディアや小規模メディアを含む有象無象メディアが右向け右で追随する図式は、言論の自由が許された日本において、少しおかしな現象です。また、追随メディアは個人も含め、日本語ソースの読解能力だけに情報収集を頼る方々が多く見受けられますので、その点で大手メディアやヤフーなどにニュースとして掲載されるメディアはソースの根源として罪が重いのです。残念ですが、直近3つのトレンドを見るに、近年、インドネシアはインドネシアのニュースではなく「嫌韓」「嫌中」のトレンドに対するダシに使われ始めているようにしか見えません。日本のメディアと大衆に無益に消費されていくだけのメディアトレンドは日イ両国関係者にとっては有害なだけです。出来ればやめてほしいと思います。では続いて、インドネシア高速鉄道における現時点での問題点を確認していきたいと思います。

 

※4 上記グーグルトレンドのグラフは各月の平均値を出力しますので、2月6日時点での2月のインドネシアトレンドは大幅な右肩上がりとなっていますが、1か月後には均等化して本データよりもトレンド傾向が下がると予想されます。

 

3. インドネシア高速鉄道報道の現状確認

先に確認した通り、インドネシア高速鉄道プロジェクトに対する現地報道のメインストリームは「中国」ではありませんでした。プロジェクトに対する批判的な報道はインドネシア政府に向けられたものが中心です。以下、一部日本メディアの記事も抜粋しながらインドネシア高速鉄道の現状についてさらっと確認しておきます。「起工式」に対するメディアのミスリードに関しては、1月24日にアップした記事の内容にまだブレがないので時間が許せば「インドネシア高速鉄道起工式と懲りない大手日本メディアの面々」をご参照ください。

 

3-1. 高速鉄道反対のメインストリームは野党政治家によるもの

20150412_122436_harianterbit_DPR_RIジャカルタ-バンドン間を走る高速鉄道は、鉄道サービスとしてはジャカルタ-バンドン周辺の上位中間層及び富裕層がメインで恩恵を受けるプロジェクトであることから(140km区間の往復運賃(片道20万ルピア)がジャカルタベッドタウン家賃1ヶ月の7掛け程度)、インドネシア全土において具体的に反対・賛成といった確固とした世論は形成されにくく、言い方は悪いかもしれませんが、大多数のインドネシア人にとっては、鉄道が日本製であろうと中国製であろうと走ろうと走るまいと、彼らの暮らしに直接関わりが無いものだというのが現状だと思います。しかし、大統領自らが起工式を先導し中央政府も大きく関わるインドネシア初の高速鉄道プロジェクト、当然メディアを中心に各界から賛否の声(主に反対意見)も聞こえてきます。それらはプロジェクト受益者の反対側にいる立場の人間、今回の例でいえば野党の国会議員などが中心です。例えば野党で国会副議長のファドゥリ・ゾンは、「政府は鉄道建設を中断すべき。準備もままならない。今後、土地収用も始まる。それは誰の土地だ。この鉄道は誰のためのものだ。まさか国民のものとでもいうのか。本事業周り関連する受益者の説明もない。予算はファンタジック」と政府批判を行っています。同じく野党で国会副議長のファフリ・ハムザは「毎月、時に毎週、列車事故が起こっている。これらの解決の方が重要だ。高速鉄道がジョコウィの新しい玩具にならないことを願う」と大統領を批判しました。玩具とはジョコ大統領がソロ市長時代に推し進めた国産車エスエムカー計画(頓挫)を皮肉った発言です。また彼は国営企業省を名指し「国家予算が割当てられた国営企業案件の何が純粋なビジネスだ。中国はインドネシアの頓挫を読んでいるから保証を求めている」とリニ国営企業大臣を直接批判しています。この二人の発言をよく聞いてください。彼らが非難しているのは「本案件に関わる権力の骨幹である政府とその周辺の受益者」です。要は、彼らが絡めない無益なプロジェクトは不要ということです。中国批判や日本の新幹線を採用すべきだったなどは関係がありません。因みにこの二人は大統領選挙時からジョコウィを激しく攻撃し続けている仇敵で、インドネシアでは国民からの評判が悪く悪役どころを演じる政治家の代表格です。

 

3-2. 高速鉄道建設自体への反対

「ジョコウィが起工式で署名したことにより、莫大な予算、土地の崩壊、土砂崩れ、全ては無きものとなったようだ。道路もない各地方にこそインフラ建設を!子供たちが二度と小舟やロープのような吊り橋で学校に行く必要が無いように、橋の建設を!」ー国会副議長ファフリ・ハムザ ※5

 

jembatan-berbahaya-boyolali先程の野党政治家ファフリ・ハムザの言葉です。これは、インドネシア政府の優先要綱とされる政策「Nawa Cita」に対する皮肉です。9条からなるこの要綱の第3条に「統一国家の柱として周辺村落、地方村を強化することで周辺からインドネシアを建設する」というものがあります。基本的にインドネシアで起っている表向きの高速鉄道批判はこの条項に基づきます。「政府は地方開発を重視するといいつつ、富が集中するジャワ島にまたしても巨大予算を落とのか」であり、批判の論点は「国民に負担をかけ、政府要綱からも外れる不要な建設プロジェクト」です。ここに「日本」や「中国」はありません。プロジェクトが行われるのはインドネシアで、表向きではあれ、彼らが批判しているのは「インドネシア」自身です。私は先の二人の政治家があまり好きではありませんが、政府批判とはいえ、問題を国内のものとして捉える姿勢にはまだ救いがあると思います。

※5 蛇足ですが「この子供たちに橋を」はインドネシアで一時流行った崩れかけの橋や危険な架設を渡り学校へ通う悲劇の子供たちというメディアが若干煽ったネタで、政府の開発に対する批判の際によく持ち出されます。

 

3-3. 建設認可が下りない問題

「中国主導の鉄道建設は問題だらけ」報道の発端は、鉄道建設の起工式が済んだにも関わらず建設許可も下りずプロジェクトは既に危ういといったところから発されたものでした。詳細は以下「早期に高速鉄道を完成させたいジョコ大統領」に譲りますが、これは根本的に4月着工予定の起工式を政府が2か月繰り上げて起ったことによる各種許可手続きの遅延発生によるものと想定されます。以下、現状指摘されている問題点を上げます。

 

3-4. 政府保証の問題

本プロジェクトを中国側が受注した大きな要因の一つに「高速鉄道事業に政府保証を求めない」という項目がありましたが、今回、中国がこの約束を早々に破ったという報道が一部メディアで掲載されました。本件に関しては例えば読売新聞は、

 

「中国は事業が失敗した際の『保証』をインドネシア政府に求めていることがわかった。インドネシア政府の財政負担ゼロを条件に中国案が採用されたが、将来的に負担が押しつけられかねないとしてインドネシア側から懸念が出ている」ー2月4日 読売新聞

 

とし、他メディアもこれに倣っています。本件に関しては、運輸省鉄道局長及び運輸大臣が「KCIC(イ中高速鉄道合弁会社)が建設失敗の際の原状復帰保証を政府に要請することは不可」と述べている通り、原状復帰費用に対する保証を求めたというレベルでは正しい報道となります。このあたりには双方が有利な契約条件に持ち込もうとする契約書作成時の臨場感が伝わってきます。「事業破綻時の負債全てをインドネシア政府が負担せよ」と読み取れてしまう読売の記事は意図したかはわかりませんが少し雑な表現です。またこの「保証」に関してリニ国営企業大臣は「政府保証を受けない旨はそもそもコミット済で、彼らが求めているのは、例えば、契約上認められる50年間の経営権が政府マターで勝手に短縮されたり、インドネシアと中国の投資比率を都合で変更されたりしないようにするための法的な保証を求めたもの」と述べています。これも過去の前例を見据えた主張すべき権利の一つでしょう。日本メディアのミスリードは「政府保証の約束を早速破った中国」ですが、これらのせめぎ合いの中で感じられるのは、契約締結のための臨場感ではないでしょうか。同様に鉄道各システムに関わる耐用年数に関する双方の相違点なども協議されています。これは50年後に鉄道資産がインドネシア政府に移管された際に出来るだけメンテ費用がかからないようにするためのインドネシア政府側からの要求です。インドネシアは敗戦国でもなく且つ本プロジェクトの当事国です。中国が約束を破り要求を押しせまるのではなく、契約とは両国合意の確認事項です。

 

3-5. 書類不備の問題

運輸省鉄道局長によると、企業側が政府に提出した資料に多くの中国語資料が混ざっていたとの事で、日本人には好まれそうなネタですが、この発言は事実のようです。これを持ちだして「ほとんどの資料は中国語であった」のように受けを狙った日本メディアもありましたが、環境アセスメントやトレース認可、登記などは既に認可済みなので、ほとんど中国語は言い過ぎでしょう。どちらにしても、局長の言葉を聞く限り、政府指定の起工式期日設定による混乱は免れなかったようです。

 

3-6. ジャカルタ-バンドン路線の独占権

これについては恐らく日本の大手メディアは言及していませんが、KCIC(イ中高速鉄道合弁会社)は、同線上の独占利用を要求しており、当初運輸省は本契約条項に関し否定的でしたが、2月2日付オンライン・コンパスによるとイグナシウス・ヨナン運輸大臣がこの要求を認めた模様です。これにより、例えば今後、他社がジャカルタ-スラバヤ高速鉄道を運営したとしても、原則、KCICのジャカルタ-バンドン間線及び路線周辺の利用は不可となってしまいます。これは、今後ジャカルタ-スラバヤ間高速鉄道建設に日本が絡む際の大きな障害です。その他、2月2日の時点で、先のKCIC(イ中高速鉄道合弁会社)が求めた法的保証、そして50年間の経営権についても運輸省とKCICは合意に至った模様です。現在までに限っては、契約関連に関する大きな頓挫は見られません。見切り発車なりにも確実に前に進んでいます。

 

3-7. 運輸省と国営企業省・政府の確執

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イグナシウス・ヨナン運輸大臣は元国鉄総裁

運輸省と政府、特に運輸省と国営企業省との確執が政府内に見られます。象徴的だったのが1月21日の起工式をイグナシウス・ヨナン運輸大臣が欠席したシーンです。インドネシアからすればこの式典は同国初の高速鉄道起工を記念する歴史的な一幕であり、イベント事やメディアイメージを大事にするジョコ政権において当の運輸大臣が欠席するなどほとんど考えられません。欠席の理由についても大統領は「知らん」、ヨナン大臣は「承認手続きに集中する」と両者とも子供のような発言をしています。ここには本プロジェクトに対する運輸省と国営企業省を中心とする政府との間にある確執が見え隠れしています。運輸省は本来的に許可手続きも含め自身の権限とプロセスで案件を主導したい、一方、国営企業省とインドネシア政府は、出来るだけ早く巨大開発プロジェクトのスタートダッシュを切りたい。これらのせめぎ合いが見て取れるのではないでしょうか。本件に関して「運輸省の案件を国営企業省が先導することは通常ありえない」とした日本メディアを見ましたがこれはミスリードです。本件はインドネシア初の試みとなる企業主導の鉄道建設であり「通常ありえない」というのは「そもそも前例がない」と言う意味で誤りです。また、初めてのことだからこそ、経験則や手続きが効かない問題も噴出するのでしょう。

因みに、ヨナン大臣に近いとされる公共政策専門家アグス・パンバギオが本人に「大統領自らが起工宣言を行った本案件に対して運輸大臣が認可手続きを出さない現状ではクビも免れないのでは」と問うた際の彼の回答は「クビならクビ。放っておけばよい」だったと言います。 私はそんな彼に本プロジェクトに対するバランサーとしての立場を期待しています。環境森林省などは、環境アセスメントについて省内で議論を残したまま先に許可を発行してしまいました。本プロジェクトの現在の進捗は日本メディアが言うような頓挫でも停滞でもなく、「見切り」「先走り」が現状です。私は、ヨナン大臣には案件を遅らせてでも、本プロジェクトに積極関与してほしいと願っています。

 

3-8. 早期に高速鉄道を完成させたいジョコ大統領

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2014年大統領就任パレード

インドネシア政府は、本プロジェクトをBtoB案件としながらも、2016年に入り国の戦略的事業と見なして大統領令を発布しました。インドネシア側建設主体であるコンソーシアムPSBI(PT Pilar Sunergi BUMN Indonesia)は、もともと去年11月末の時点では起工式を2016年の第二四半期(インドネシアでは4月)に設定していましたが、突然の政府のプレッシャーにより、2か月以上繰り上げて1月21日に行う羽目になり、しのぎで「建設」ではなく「起工式」に必要な申請手続きを先に処理して1月の起工式を迎えました。私の見立てでは、今回の起工式は、計画の遅延が経常化するインドネシアの大型プロジェクトにおいて、4月起工式を発表したPSBIに合わせると4月の時点で現在起っているような問題が噴出し、とても4月着工に間に合わないと踏んだ政府による意図的な「見切り発車」ではなかったのかと考えています。本プロジェクトは2018年工事完了、2019年操業を目指しています。過去の先例から考えてたった3年の工期は非現実に見えるかもしれませんが、この工期はジョコ大統領にとって非常に大きな意味を持っています。即ち、操業予定の2019年は次期インドネシアの大統領選挙を控えた年です。インドネシアに初めて高速鉄道を導入した偉大なる大統領として次期大統領選を迎えるか、又は、中国と共倒れで約束を果たさなかった忌むべき大統領候補となるかそういう時間的な駆け引きも中国高速鉄道採択の条件の一つとして含まれていたのではと思います。ジャカルタ知事時代に日本のMRT(ジャカルタ都市電)導入に対して慎重な姿勢を示した彼が、高速鉄道においてはその逆を行っているのには、そのような意味合いも含まれていそうです。

 

4. 今後とも遅延が想定されるインドネシア高速鉄道プロジェクト

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MRT工事が着々と進むジャカルタ

とはいっても過去のインドネシアの大型開発プロジェクトを見るに、ジャカルタ-バンドン高速鉄道建設を2018年中に完了させるのは至難の業となるでしょう。それは現在日本が主導して行っているジャカルタのMRT建設にも見て取れます。日本メディアは工事の始まっていない高速鉄道建設について既に「停滞だ、中断だ」と非難の嵐を浴びせていますが、20年の歳月を費やしようやく着工に至ったジャカルタのMRTも初期の予定では、2016年に完成していることになっています。これらの予定のずれは、日本のMRT施工計画に全て問題がある訳ではなく、元々インドネシアにおける大型開発プロジェクトとは日本の緻密な段取りと計画を以てしても遅れるいうことであり、進捗遅れはこの国の日常的な一コマでもあります。しかし、それらの前提を承知の上で日本メディアは今後も、中国が支援する高速鉄道建設に関して鬼の首を取ったように進捗遅れや失敗に対する非難を続けるでしょう。日本の発言に国際価値があり度を越さない批判、提案を行うのであればそれらの意見はインドネシアにとって外部バランサーとして機能するかもしれません。しかし、日本の嫌中に飽きが来ない限り、今後少なくとも数年間、インドネシアの高速鉄道建設は単に日本の嫌中メディアのダシに使われる可能性が高そうです。

 

5. インドネシアに関する日本語ニュースのレベル

成果物を見る限り、インドネシアをリアルタイムで伝える日本メディアの多くは、現地の事件に対して直接取材を行うキャパ(予算面においても)を持ち合わせていません。よって記事の基本は英語、又はインドネシア語ソースの翻訳が主流となっているかと思われます。また、大手は引用ソースを示しません。たまに「現地有力紙によると」「現地メディアの話では」といった書き方をしますが、一般人の知らないソースを曖昧テキトウに提示しても現実的には偏向記事の抑止にはなり得ません。そして、彼ら(私も)はこれら翻訳記事作成の過程で、有象無象の記事から自分の意図する情報を選択し、部分を抽出し、それを加工します。情報の選択条件及び色付けで記事のニュアンスはいくらでも変えられます。私はインドネシアのニュースだけは、ほとんど毎日一定時間をかけて目を通しているので、各メディアの編集方針がやっぱり見えてしまいます。立場は違いますが発信者からの視点というところからも眺められます。あーこれを引っ張ってきてこれを伏せてこういう感じで増幅させてとか、各メディアや記者(インドネシア記事担当者数など限られている)の知識や情報収集レベルはこんな感じなんだというのがなんとなくわかります。知っていて意図的に記事を加工する方もいらっしゃいますし、知らないまたは時間、情報収集が足りない記者もいらっしゃるでしょう。私自身は知識や情報収集が足りない分、意図的な操作はしないよう自分なりに努めているレベルです。そして、おそらく、インドネシア以外の諸外国に対する日本メディアの報道レベルもあまり変わらないという察しもつきます。

 

6. 偏向的な報道に対して

日本メディアがインドネシアを嫌中のダシに使い始め、中国はいかに卑怯で汚いかを説明するのに躍起になる中、同時進行で、シャープは鴻海との交渉に社運を委ね、インドネシアでは東芝とパナソニックの工場閉鎖ニュースが取沙汰されています。携帯やパソコン、家電のシェアも中国系、韓国系に奪われています。ジャカルタでは日本人主導のMRT地下鉄建設が着々と進み、同様にインドネシア各地で日本人が活躍する案件が溢れる中、日本メディアが中国の鉄道建設に固執する姿、そして、それを拡散して喜ぶ人々に果たして今後の日本の活路が見いだせるでしょうか。当サイトにも未だに「インドネシア 裏切り」みたいなキーワードで訪問されるユーザーが少なからずいらっしゃいます。当サイトは今、憎しみのトラフィックに比例して(おこぼれに預かって)アクセスが上昇するサイトとなりつつあります。少なくとも鉄道建設が完成するか失敗しきるであろう数年は。私はそれを肝に銘じる必要があると思っています。そのためには個人の力では限界があります。本サイトは2016年から更に違う形での運営を模索します。

 

 

参考:
国会副議長ファドゥリゾンの発言 merdeka.com
国会副議長ファフリハムザの発言 kompas.com
ヨナン大臣のクビにかかわる話 kompas.com
ヨナン大臣、KCICと3点に関し合意 kompas.com

 




 


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