インドネシア高速鉄道:日本メディアとは趣きが異なる現地メディアの記事

インドネシアの大手オンラインメディア「KOMPAS.com」がインドネシア高速鉄道に関する記事を 二日連続シリーズでトップ掲載していたので、今回はそちらを紹介したいと思います。内容は主に経済効果について。合計8ページ中、後半部分のパート2は全訳で、前半のパート1は一部要約(少し長くなりすぎたので端折りました)で掲載させて頂きます。日本のソースとはまた違った視点が見られるかと思います。もし参考になる箇所があれば幸いです。ちなみに、本掲載記事は、インドネシア大学経済学部経営学科教授Rhenald Kasali教授の寄稿文になります。では、どうぞ。

 

ジャカルタ-バンドン高速鉄道騒動問題(パート1) 2015年10月12日

ジャカルタ-バンドン高速鉄道論争の背景

世間を騒がせたジャカルタ-バンドン高速鉄道論争には以下の背景があった。

1. 判断が早かった

ここまで早く大統領が本件に結論を下すと誰が想像したであろうか。今回の判断は、かつて論争や問題が起きればすぐに中断してしまうインドネシアインフラ業界の慣習に反した迅速な対応であった。

2. 日本案が不採用となった

長らく日本が準備していた新幹線案が不採用となった。日本は彼らの持つインドネシアの巨大な自動車市場に影響を与えないよう鉄道計画には慎重であった印象を受けた。鉄道による交通網の整備は自動車市場にとって悪影響を及ぼすことは誰もが知るところである。ただし、中国の本気を見て日本も態度を変えた。以前から新幹線導入の実行可能性調査を進めていたため日本はインドネシアの交通インフラの将来を受け持つ権利をより一層持っていると感じていたが、同時に、政府保証を頑なに求め続けた。

3. 国家予算を使わない国営企業案件

国家予算と政府保証を伴わないプロジェクトとして、国営企業省がB to B案件というかたちで本件を受け持つこととなった。高速鉄道建設ビジネスモデルは、鉄道の建設のみならず、新都市構想のメガプロジェクトとして位置づけられた。もはや単なる交通インフラとしてではなく中小零細をも巻き込んだ大規模の経済活動として位置づけられている。高速鉄道建設自体のコスト、有益性、リスクのみを計算していた各論者は裏をかかれた

4. 公衆に対する情報不足

迅速な決断はコストも強いた。創造される機会と価値についての公衆への情報公開不足の問題である。土地ブローカーたちの利益追求動機と、急速に変化する適合的ビジネスの決断を知る権利の中で感じられる情報公開と市民参加型の時代のジレンマである。結果、公共政策論者は不完全な情報から誤った見解を発表することとなった。

5. 利害と論争が沸き起こる巨大プロジェクト

日本と中国との受注合戦に賛否の論調が生まれた。この二国は自国内経済成長に限界がある。彼らにも利害があり、我々にも利害、そして主導権があった。利害の衝突を挟み論争が巻き起こるに十分なプロジェクトであった。

 

ビジネスモデルの変化

2015年8月 中国高速鉄道展示会場でのリニ大臣
2015年8月 中国高速鉄道展示会場でのリニ大臣

数年前、中国国営企業の幹部たちに彼らの開発速度の秘訣について尋ねたことがある。インドネシアがJasa Marga社(高速道路関連の国営企業)設立以来35年で850キロの高速道路しか建設できない中、中国は15年で数万キロ単位での道路建設を行っている。彼らの答えは、シンプルであった。「国営企業がインフラ建設を担っていること」、「中国国営企業は完璧な価値創生を行っていること」の2点であった。

次に、インドネシアの高速道路周辺地域で土地開発を行うインドネシアビジネス界の大物と話をしたところ、彼らは「政府は機会を有効活用することに長けていない。高速を作ればそれで終わり。我々は契機を計算している」そう答えた。彼らに言わせると高速道路開発の価値創生は30~50倍であり、資金1兆ルピアに対しリターンは30兆ルピアとのことだ。しかも資本金は海外から調達する。インドネシアに世界有数の富豪が生まれる訳だ。これまで、我らが国営企業のビジネスモデルは専門分野に特化するだけであって複合的、建設的な利益追求を行ってこなかった。しかし国営企業は国家予算に貢献しインドネシア経済のアクセレーターともなる重要なポジションにある。

 

ポイントはエコシステムビジネス

一般的なオジェック(バイタク)が30,000ルピアで走る距離をGo-Jek(スマホアプリを使ったバイタク企業)は15,000ルピアで走る。スターバックスで7,000ルピアのコーヒーを売れば笑われる。現在アメリカーノですら40,000ルピアでトントンの世界だ。セブンイレブンはそのビジネスモデルから各店舗とも盛況である。Tune Hotelは通常一泊100,000ルピア(約1,000円)、時に35ルピア(約0.35円)といった破格のプライスを出す。かれらは、やっていけるのか。以前、メディアと言えば新聞と広告であったが、現在はセミナー、講習会、イベントオーガナイザーなど実に多彩だ。銀行は利息ではなく手数料をはじめ収入源の多角化を図った。建設業界はどうか。彼らもまた、設計・調達・建設とEPC化を果たし、不動産、発電、高速業界に積極関与し、投資ビジネスをも行う。彼らはビジネスモデルを持っている。

エコシステムからビジネスを掘り下げていくと企業には実に多くの機会が発生する。これが我が国営企業を含めた現在のビジネスの状況である。よって今回、国営企業がジャカルタ-バンドン高速鉄道建設を担うことに悲観的な意見が出ている現状を私は理解しがたい彼らは言う、赤字になるだろう、資本がショートするだろう、その他多くの批判を行っている。結論的に言いたいのは「わかった。やめておけ。あなたにはできない」である。

これらの国営企業に対する見解ははっきり言ってナイーブ(鈍感で認識不足)で、国営企業の能力を見下し、且つ見誤っている。時代は変わった。我々の知識も以前とは比べられないほど向上している。各論者がここを熟考しないのは残念である。ビジネスコンセプトとは簡単に分析できるものではない。これらの研究も発展途上だ。ジャカルタ-バンドン回廊プロジェクトにおけるエコシステムについては明日お話ししてみたい。それまでしばらくお待ちください。

 

 

By Prof Rhenald Kasali

 

 

ジャカルタ-バンドン高速鉄道騒動問題(パート2)2015年10月13日

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Rhenald Kasali教授

高速鉄道についての論争が依然世論を賑わせている。先日私は、なぜ本件が物議を醸し出すような印象を与えるのか、そしてこのビジネスのチャンスとリスクを理解するのがいかに複雑かを解説した。私は政治家ではないし、政治が各利害にどう絡んでいるのかもよく理解しない。よって今回はビジネス的な分析に焦点を当てて本件を解説してみようと思う。

先日から見てきたように、いかにグローバルビジネスにおける新時代の変化は我々の置かれているビジネス環境を大きく変えてきたかということだ今やビジネスは、「製品」ではなくビジネスモデルを通して分析される。経営者及び国営企業は経常利益を押えつつ、ビジネス環境の機会を推測する能力が必要不可欠となった。 例えば私が知る限り、市内から空港へ向かう鉄道は、それが「公衆サービスである」という理由で、30年経っても資金が回収されず常に赤字である状況に対しても疑問が抱かれず、単体プロジェクトの不適合性が受容されてきた。しかし、エコシステムにおいては、これらのプロジェクトは多くの経済活動を生み出し、経済循環を創造していく好契機だと捉えられる。

 

鉄道切符の販売だけではない

では、これらをより明確にしていくために、まず今回議論を呼んでいる高速鉄道ビジネスを単体プロジェクトして解説してみる。本プロジェクトは、2015年3月末にジョコ・ウィドド大統領が中国を訪れた際に構想されたものである。ルートはガンビル駅からバンドンのグデバゲ駅までの約150キロ。必要資金は最終的に55億ドル又は74兆ルピアと言われている。 これは国にとって小さな投資ではなかったが、エコシステムに対する価値創造の視点から見れば、企業経営者らにとってはさほど大きな投資額ではなかった。そして多くのプロジェクトファイナンスが適用され、国営企業にインセンティブが与えられるのならば尚更であった。

段階的に説明する必要があろうかと思う。事実、本件は複雑であり、この大プロジェクトを受け持つ我が国営企業は変化にうまく適応していかねばならない。適応していくことは健全なことだ。彼らは決して麻痺したアヒルではない。さらに、ここでは一般国民の権益を妨害、犠牲にしうる多くの投機が行われることも推測される。これらは国が監視・保護していくべき項目だ。

よって私にとっては政府が民間を巻き込み、国家予算を伴わないスキームを採用したことは至極当然のことであった。リスクは分配されるもの。だからB to Bのスキームが採用された。この他に我々は何を恐れるというのか。リスクを恐れるなら、全てを民間に委ねればよい。引き受け手は多くいる。

一方でこういったスキームは、日本政府のビジネスモデルとは合わなかった。彼らは常に政府の保証を求めた。要は、彼らのビジネスが保証される中で高速鉄道とそのサービスという大きな商品を販売し、リスクの全ては我々インドネシアが負担せよということだ。日本がこのプロジェクトをどうしても取りたいということで、問題は複雑化した。

そして、日本の代わりに参入したのが中国鉄路総公司(CRC:China Railway Corporation)を中心とする中国8国営企業のコンソーシアムだ。CRCのコンソーシアムはインドネシアの4国営企業(PT Wijaya Karya Tbk、 PT Kereta Api Indonesia、PT Jasa Marga Tbk、PT Perkebunan Nusantara VIII.)とジョイントベンチャーを組む。CRCのコンソーシアムは資金提供者である国家開発銀行(CDB:China Development Bank)を伴い、投資金額も55億ドルへと下がった。私が見るにCDBの利息は競争力がありフェアーな数値だ。返済期間40年、猶予期間10年もインドネシア的にみて十分だ。 また、CRCはインドネシア側コンソーシアム60%、中国側コンソーシアム40%の株式配分にも同意している。

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日本新幹線

そして、本ビジネスの実現可能性はどういったものだろう。JICAの報告によると、ジャカルタ-バンドン高速鉄道の乗客数は2020年には一日約44,000人に達するとしている。チケットが20万ルピア(約2千円)として、一か月 2.64億、1年で3.17兆ルピアの収入が見込まれる。チケットの値上げ無しに40年間営業を続けたと仮定すると、合計収入は126.8兆ルピアである。ただし、私としてはこの楽観的データは条件付である3~4年後に、これほど多くの人々が果たしてこれだけの大金を払って乗車することがあるのだろうか。もし想定以下だとどうなるか。これが私のいう条件とリスクである。しかし、国営企業はここでも賢明な判断を必要とする。

経済回廊の中で新たな都市が作られていくとするのなら、他事業収益などを含む相互協力のメカニズムが都市建設の将来を救う。先日私がレポートした財界の要人たちは「関連ビジネスを活用するために土地銀行を準備すべき」と述べている。 過密都市の軽減のみならず都市再生はインドネシアの緊急課題である。また、各々がリスクを抱える中で、全部門における実装能力が重要となってくる。ビジネスではこれらのリスクは当然のことだ。ビジネスが大きければ大きいほど取りうるリスクも大きくなってくる。

以上の点から私は今回のプロジェクトは実現不可能だと騒がれることが少し理解できない。私は今回のビジネス契機は、乗客からの売上だけではないと確信している。本文前半部分でエコシステムについて述べた。このプロジェクトにかかわる各企業は、一つのエコシステムの中で、各々があらゆる源泉から利益を得ることが可能だということだ。

 

アヒルに泳ぎを教える?

では次に「このエコシステム」のどこにビジネス契機があるのか、どういう算段が成り立つのかを考えてみよう。

最も簡単なところでは、各高速鉄道駅周辺から新たなビジネスが誕生する。計画では、ジャカルタのガンビル駅、マンガライ駅、ハリム駅、西ジャワのチカラン駅、カラワン駅、ワリニ駅、コポ駅、グデバゲ駅の8駅がジャカルタ-バンドン高速鉄道駅として整備される。将来的にはこれらの駅を中心に多くの契機が創出されることになるだろう。資本、協力企業が集まり国としても大きなキャピタルゲインが期待できる。今回は超過密都市でありながら依然多くの機会を持つジャカルタについては語らない。まずはチカランとカラワンの可能性について述べてみたい。

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中国高速鉄道

多くの多国籍企業の工場が集約するこれらの地域は工業、特に輸出産業の中心地として知られてきた。チカランとカラワンは工業ビジネスのハブと言ってもよい。ここでは多くのプロジェクトが期待できる。例えば、多国籍企業の代表機関が集まるエリアを開発すれば地価が高く万年渋滞のジャカルタに今後オフィスをひしめかせる必要もなくなるまた、計画では同地区に部品産業や梱包産業など多国籍企業工場をサポートする各サービス産業の開発が予定されている。これらの経済活動を支えるには、ホテルやマンション、病院、キャンパス、学校、ビジネス街、小売業、交通など多くの施設が必要となる。これらのサポート産業や各種施設の開発資本は、新たに数兆ルピアの投資を呼び込もう。即ち、ここに数十万規模の雇用機会も創出されるということだ。ここには多額のマネーが流通する。現在停滞が叫ばれている我が国の経済促進のためにも効果的だ。そして忘れてはいけないのが、同エリアの住宅・建設産業は80%以上をローカル製品で賄えるという点である。もしこれらの地域・施設が建造されれば、オフィスの分譲や賃貸、ホテルやマンションの室料、小売業などからより一層の経済促進が期待できると私は楽観的に考えている。大まかな計算では、少なくとも18.5兆ルピアの経済効果が期待できる。それ以外にも労働者や一般庶民用の住宅建設も政府マターで発生する。

あなたは、高速鉄道プロジェクトにかかわる国営企業群にはこの契機を捉える実力などないとお思いかもしれない。それは大きな間違いだ。ウィジャヤカルヤ(インドネシア側コンソーシアムの代表企業)を見てみればよい。配下には、建設業界や不動産業界などで活躍する経験や専門性を備えた多くの子会社を擁しており、各企業が今回のビジネス契機を計算している。

次にワリニとグデバゲ(両方ともバンドン側都市)を見てみよう。両地区の面積は生半可ではない。ワリニ(国営企業PTP VIII所有)は1,270ヘクタール、ここを2,995ヘクタールまで開発する予定である。同地は新都市構想のコンセプトとして「医療研究と農業・バイオテクノロジーのセンター拠点」をあげ都市再開発を目論んでいる。対してグデバゲは430ヘクタール、コンセプトはクリエイティブ産業とICTの生産・開発センターである。当然、両地域にも広範囲な開発支援が必要とされる。国営企業だけでなく、一般企業、そして中小零細に至るまでの企業参画が期待され、これら全てが我々の経済活動における大きなチャンスである。国営企業は当然、こうした契機を計算に入れている。我々はもはや彼らにわざわざそれを教える必要もない。彼らがこれらの機会を創造していくだろう。

よって、我々が結束し、ガバナンスが優れ、実装が正しければ、ジャカルタ-バンドン回廊プロジェクトは多くのビジネスチャンスを開くこととなるだろう。このスケールの大きなビジネスはパブリックからの監視も必要であり、我々の経済活動にとって真に有益となるように動機づけされていかねばならない。

我々の国営企業群に対する度を越えた心配は、私が見る限り、理由を伴わないものばかりだ。最悪に備えることは必要だ。しかし、それは我々の前身を阻むだけのものであってはならない。おそらく、過去に我々が見てきた国営企業群は、小さな池で行ったり来たりするアヒルであったかもしれない。このアヒルが大きな湖でちゃんと泳げるのかという心配を今しているのだろう。アヒルは空を飛ぶことも学ぶ。池であっても世界であっても、必要とされる能力は同じである。即ち、「泳ぐこと。そして、飛ぶためのリスクを取ることを学ぶこと」である。そして、我々はもはやアヒルに泳ぎを教える必要もないのではないかということである。

 

By Prof Rhenald Kasali

 

訳者後書
どうですか。内容の是非は別として、日本メディアとはまた違った趣を感じられたのではないかと思います。(蛇足ながらこの記事にはまだ品が感じられます。サンケイは遂に「インドネシアはシャブ漬け」とかタイトルに入れてきました。p.1p.2p.3 品位ある日本を貶めて、日イ関係の妨害をするのはこれ以上はやめてほしいと思います。政治部からの発信というのもイタイタしい) 因みに一連の記事は、オンラインコンパスのトップページを飾りましたが、ソーシャルメディアのシェアを見ると、余り大した反響はなかった模様です。こういう議論でインドネシアの世論が日本並みに大きく盛り上がっている訳ではない事を付け加えておきます。

 

 

参考:
Menyoal Ribut-ribut Kereta Cepat Jakarta-Bandung (Bagian 1) -KOMPAS.com
Menyoal Ribut-ribut Kereta Cepat Jakarta-Bandung (Bagian 2) -KOMPAS.com

 




 


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