先日、スシ・プジアストゥティ海洋水産大臣が事前予告していた通り、インドネシアでは、 5月20日、民族覚醒の日に41隻の外国密漁船が撃沈処理された模様です。処理された船は24総トン級~300総トン級の船舶で、多くはフィリピンやベトナム等、東南アジア諸国の旧式小型木造船でしたが、その中に一隻の中国船が含まれていました。 ところが、この中国船撃沈ニュースは、当日の現地オンラインメディアでは、まともに取り扱われませんでした。ジョコ新政権後、東南アジアの小型船を次々と撃沈処理してきたインドネシア政府は果たして中国船に対しても同様の措置をとるのかとの注目は以前からありましたし、政府もナショナリズムの強い政策を行っていますから、中国船の撃沈はトップニュースになってもいいはずなのですが、現地報道はとても静かでした(因みに、覚醒の日に外国密漁船撃沈というニュースは大きめに報道されています)。それはなぜなのか。
本件に関して日本の産経ニュースが『中国不法漁船を爆破 インドネシアが「弱腰」から「見せしめ」に』という見当違い甚だしい記事を掲載し、日本ではけっこうなトレンドとなってしまいましたが(google検索結果がこんな風になってしまいました → キーワード「インドネシア」「民族覚醒の日」)、この記事と現地報道の温度差があまりにも異なるので、今回は、その辺を少し確認してみたいと思います。
※ 過去の焼き増し含め過激な写真が多いですが、沈処理される船舶は木造小型船がメインなのでこんな感じ
中国船を沈没処理できないインドネシアとスシ海洋水産大臣の無念と怒り
インドネシアでの外国密漁船撃沈ニュースが報道された「民族覚醒の日」当日、当のインドネシア現地での中国船に関する話題は、インドネシア海洋水産大臣スシ・プジアストゥティによる無念の表明でした。
沈められなかったのは「民族覚醒の日」の汚点だ -インドネシア海洋水産大臣スシ・プジアストゥティ-
「民族覚醒の日」、海洋水産省職員の前で演説を行ったスシ大臣は、去年、アラフラ海域で拿捕した5隻の密漁中国船を一隻も沈められなかった事に対し無念の意を表明すると共に、継続して密漁外国船を取り締まる強い意志を述べました。この5隻はSino Indonesia Shunlida Fishing社所有のKM Sino 15 (275 GT)、KM Sino 26 (265 GT)、KM Sino 27 (265 GT)、KM Sino 36 (268 GT)、KM Sino 35 (268 GT)で、アラフラ海域で拿捕されて以来、無許可操業などの罪に問われていました。アンボン地方裁判所はこの5隻の罪状に対する判決として、各船に対し1億ルピア(約100万円)の罰金を言い渡したのみで、船体に関しては所有者への返却が命じられました。スシ大臣は「最悪の先例を作ってしまった。奴らの漁獲高が70億ルピアというのに1億ちっぽけな罰金のみとは」と激昂モードで刑の軽さを批判しました。実質、スシ大臣側の敗北でした。スシ大臣にとっては完全に意表を突かれた形だったそうで、彼女はこの5隻の撃沈を「民族覚醒の日」と決めて裁判を進めてきました。怒りに駆られた彼女は現在、控訴の準備中です。
又、本サイトでも一度紹介しましたが、先日拿捕された4000総トン級の大型中国船 HAI FAに関する裁判も、罰金のみで船体差押え無しと、スシ大臣側の敗北に終わっています。本件も現在、中国企業とスシ大臣の間で司法合戦が繰り広げられている最中です。
因みに、今回、撃沈処理された300総トン級中国船KM Gui Xei Yu 12661は6年前のユドヨノ大統領時代、2009年に差し押さえられ当局にて保管されていたものです。これを聞いただけでがっかりなさる日本の方々もいらっしゃると思いますが、それはインドネシアでも同じことです。去年末、今年拿捕された中国船を一切沈めることが出来ず、前政権時代の2009年に差し押さえた1隻の中国船を沈めたなど、大きなニュースにしては、国の恥です。それを恥知らずに宣伝できるのは直接インドネシアと利害関係を持たない外国のメディアぐらいかもしれません。
産経によるインドネシア中国船爆破報道
日本領域内での中国船の取締り問題や、南シナ海問題での中国越権行動をメディアが言及することは必要です。ただし、各社の理念や思想のシナリオ、結論的には彼らの権益のために、無責任に第三者を勝手に担ぎ出したり、事実とは違う情報を提供したり、事実を湾曲するのはよくないと思います。という訳で、本件における産経の記事を下記にて確認していきます。
中国不法漁船を爆破 インドネシアが「弱腰」から「見せしめ」に(2015/5/20 産経記事タイトル)
今回の産経の問題記事です。まず、タイトル『中国不法漁船を爆破 インドネシアが「弱腰」から「見せしめ」に』という低次元な物言いについて。結論から先に申し上げますが、インドネシアがこれまで中国船を沈めることが出来ないでいるのは、司法手続き(裁判)の結果、被告(中国企業)の船体を差押え出来なかったからです。当たり前ですが現場で拿捕された船はそこでいきなり爆破される訳でなく、陸に上がって違法性が調査され、司法手続きに入ります。「弱腰」「見せしめ」等の表記は意味不明です。なぜなら、これは司法の問題ですから。 「弱腰」かどうかは、裁判結果、船体の差押えが成された後の処理の問題の話です。 又、裁判でインドネシア検察や裁判官が中国企業に買収されたという可能性がないとも言い切れませんが、その場合、「弱腰」なのは政府や国なのではなく、検察や裁判官が金銭欲や物欲に弱いという話で、外交政策としてインドネシアが中国に対し軟弱であるか否かを問うこの記事の主旨とは外れます。
これを、今まで中国に弱腰だったインドネシア政府が勇敢にも見せしめのために中国の器物を国家権限で破損した、とする書きっぷりは法治国家インドネシアに対する侮辱です。司法プロセスが「弱腰」をやめて「見せしめ」を行えるのなら、それは法治国家とは言えません。こういう文章は、例えば北朝鮮(よく知りませんが)とか、おおよそ現代の民主的な法とは縁が無い国々に対して適用されるのではないでしょうか。そういう意味でも、本記事は低俗です。ただし産経ニュースがインドネシアを北朝鮮並みに見ているというのなら、私からは、この記事に関する否定はしません。
不法操業をしていたとして拿捕(だほ)した中国漁船を海上で爆破した。地元メディアが21日、一斉に報じた。(2015/5/20 産経記事内容抜粋)
どういったレベルで一斉に報じたのか知りませんが、少なくとも密漁外国船全体の爆破記事を一斉に報じたのは爆破当日の20日ですし、中国船の爆破報道はトピックとしてまともに取り上げられていません(オンラインのKompas、Tempo、Merdeka、detik、Tribunで確認しました)。
20隻以上摘発した中国籍の船は爆破せず、議会などから「弱腰」との批判が出ていた。(2015/5/20 産経記事内容抜粋)
摘発の意味がよく解りませんが差し押さえられたのは10隻未満です。20隻以上というのは恐らく過去にレーダーで拿捕された中国船のことだと思うのですが、紛らわしい書き方です。レーダで拿捕したが逃げられた船の爆破は不可能です。 軍備を増強するしかありません。「弱腰」については上で述べたので省略しますが、議会は一体何に対して誰がどのように「弱腰」と言ったのか、内容がよくわかりません。
又、それ以前にも同じ記者が、去年、こんなタイトルの記事を書いています。
インドネシア、海洋権益保護へ中国船22隻拿捕 ベトナム船“爆破”も「ショック療法」(2014/12/15 産経記事タイトル)
まず、22隻拿捕されていません。嘘のタイトルはダメです。正しい記述は、インドネシア領海内で操業中の中国船22隻が「レーダーに拿捕された」です。ひどいタイトルです。 尚、この時、海軍は現場へ出遅れ22隻中14隻の密漁中国船を取り逃し、失笑を買っています。よって拿捕された船舶数は8隻です。因みにこの時拿捕された中国船の一部が上記、スシ大臣の怒りを買ったSino15、26、27、35、36の様です(拿捕日、場所、トン級が同じです)。そうなると残りの3隻はどこへ行ってしまったんでしょう? 去年の記事で「22隻の中国船を拿捕」と書いておきながら、それが沈めれらていない疑問には触れず、遠く6年前に差押えられた中国船の沈処理でセンセーショナルな記事を書く手法は、大手メディアってこういうレベルなのかと悲しい気持ちにもさせられます。次、行きます。
「ベトナム籍漁船3隻については海軍に爆破措置を命じ、乗組員33人を逮捕して退避させたうえ、今月5日(2014年12月5日)にアナンバス諸島沖で実行した」(2014/12/15 産経記事内容抜粋)
このベトナム船が拿捕されたのは2014年11月2日です。その後、司法手続き(裁判)を経て船体の差押えが決定し、2014年12月5日に撃沈処理されました。通常、拿捕された船舶の乗組員は強制送還され、船長や責任者級の人物のみが残されて司法手続きを受けます。ですので、「33人を逮捕して退避させたうえ」と、あたかも現場で逮捕し爆破したような印象を与える姑息な書きっぷりを大手メディアがしてみせてもよいのかと疑問に思います。該当船舶が爆破された当時、大半の船員は帰国しています。33人とのことですが、当日見せしめで爆破現場に付き合わされた船員は8名です(下記、写真参照)。
結論的に、こられの記事は、単に、中国が南シナ海で主張する「九段線」問題に帳尻を合わせるためだけに書かれた、骨子から細部に至るまで粗悪な記事です。南シナ海問題は日本も主張すべきですしメディアにもその使命があると思います。だからこそこういうレベルの記事は極力減らしていかねばならないと思います。ツイッターのツイート数や2ちゃん等のスレッドを見るまでもなく、多くの日本人がこれらの記事で勘違いをされたのは事実です。こうやってハッタリを投げ続けられると、産経の他の優良記事まで色眼鏡を掛けて見なければならなくなり、疲れます。ハッタリの扇動記事に対する責任も取らないでしょう。
最後に、私はアンチ産経ではありません。他の大手メディアも似たり寄ったりです。もっとひどいのもあります。ただ、私もインドネシアに関して発言している一人として、シナリオやアクセス数稼ぎのための記事に煽られて多くのインドネシア事情を知らない日本人が勘違いをさせられたこと対し、若干でも軌道修正ができればと思ってこの記事を書かせて頂きました。大手メディアの今後のインドネシア報道に期待します。
参考:
http://batam.tribunnews.com/topics/pencurian-ikan-di-perairan-kepri
http://www.merdeka.com/foto/peristiwa/543157/20150520171855-aksi-tni-al-tenggelamkan-35-kapal-asing-006-dru.html
http://finance.detik.com/read/2014/12/11/143154/2774570/4/tni-telat-datang-14-dari-22-kapal-tiongkok-pencuri-ikan-berhasil-kabur
http://bisniskeuangan.kompas.com/read/2015/05/21/063639926/Susi.Kecewa.dengan.Keputusan.Pengadilan.Perikanan.Ambon
http://finance.detik.com/read/2015/05/20/202644/2920436/4/1/5-kapal-china-didenda-rp-100-juta-menteri-susi-harusnya-hari-ini-ditenggelamkan