インドネシア史上最大の大型中国船拿捕
2014年12月27日、パプア・メラウケのワナム港でインドネシア史上最大と言われる大型違法漁船が差し押さえられました。拿捕されたのは4,306総トン級のパナマ国籍船舶で船名は「MV. HAI FA」(以下 HAI FA)。船長以下乗組員23名全員が中国人の中国船でした。(前編はコチラ)
インドネシア海洋水産省は同船舶によるアラフラ海域での密漁情報を事前に入手・調査の上、これをインドネシア海軍へ報告、該当船舶に対する拿捕支援の要請を行いました。同船舶は、12月18日の到着検査証及び12月19日の出発検査証を携帯していましたが、操業基準許可証を取得しておらず、更にアフォナからワナムへの航行中、漁船追跡システム(VMS)を作動させなかったことなどが問題となり、今回の拿捕に至りました。海洋水産省・海洋水産資源監視局長アセップによると、「アフォナからワナムまでは200海里、一泊コースで航行が可能な距離をHAI FAは4日かけ、操業基準許可証を持たず追跡システムも切っていた。我々はすぐに海軍・警察に支援要請を出した」との事です。
12月28日、HAI FAは海軍軍艦の護衛の下、ワナムを出港、翌年1月1日、アンボン海軍基地へ移送されました。以後、アンボンで詳細調査を継続、司法の手続きを経ることになりました。年明け早々、スシ海洋水産相は今回の拿捕の感想を「海軍からの新年のプレゼント」と述べました。
HAI FAに対する調査の結果、冷凍魚類800.658キロ、冷凍エビ100.044キロ、そしてシュモクザメとヨゴレ(ザメ)15トンが船内冷蔵施設から発見されました。このうちシュモクザメとヨゴレはワシントン条約対象リストに入っており、インドネシアでも大臣令により輸出が禁止されています。これらは全て中国への輸出用でした。又、操舵室のVMSはコンセントが焼けただれており、電源が勝手に入ったり消えたりする状態であったとのことです。
撃沈どころか差し押さえられない中国船
ところが、この後、海洋水産省は面目丸つぶれの事態に直面します。アンボン地方裁判所は、本件に関し、船長への2億ルピア(約200万円)の罰金又は6か月の懲役を言い渡したのみで、撃沈どころか差押えられた船舶を所有者へ返却するように命令したのです。ジョコ政権に入って多くの外国密漁船が次々に拿捕、爆破撃沈される中、中国船の場合でも同じことが出来るのかと注目もされていた矢先での判決です。
アンボン地方裁判所裁判長によると、シュモクザメとヨゴレの積載が判決を重くし、被告の裁判中の素行の良さ及び過去に罪状がないことが減刑に繋がったとのことです。本来HAI FA側を非難すべき検察側も、「HAI FAは確かに操業基準許可証を所持していないが、航行合意書を取得しており、密漁に関する確固たる証拠もなくVMSの件はただの故障だった」と述べています。 更に、HAI FAの弁護士ハンダニは「HAI FAは密漁など行っていない。操業基準許可証未取得は刑の対象とはならなかった。海洋水産資源監視局が同許可証を発行しなかったことにも問題があった。投資を望む外国人に対し我々が法を遵守する姿勢を示していかねばならない」とし、HAI FA側は判決に即合意、直ちに罰金を支払っています。
スシ大臣VS中国船の司法合戦
過去のインドネシア裁判の経験上、こういう判決は、裁判官と検察が中国資本に買収されたとも見られかねません。そもそも検察の要求自体が2.5億ルピア又は1年の懲役と、海洋水産省的には余りにも軽い内容でした。小舟笹船を派手に爆破処理しておきながら大型船には手が出せないこの現状は、必殺の「強きを助け弱きを挫く」インドネシアを証明してしまうこととなり、国民の「あーやっぱり」感を煽り、ナショナリズムを主導する政府の支持を落としてしまいます。スシ大臣は激昂に駆られながら、本判決を不服として上訴の準備を進めています。海洋水産省によると、本来、航行合意書(運輸省発行)は海洋水産省管轄の操業基準許可証発効後でなければ取得が不可能であり、HAI FAは航行自体認められないとのことで、規制種のサメの問題やVMSの件も含め、再度証拠の洗い出しを行っているとのことです。HAI FA側は、検察の要求と殆ど同じ判決が出ている時点で、スシ大臣の上訴自体あり得ないとしています。
更に敵は、かなり強気の様子で、逆にスシ大臣を訴える手段に出ました。4月9日、HAI FA所有者チャン・キットは、弁護士を通し、インドネシア海洋水産大臣スシ・プジアストゥティを名誉棄損罪で警察へ訴え出ました。マデ弁護士によると、「スシ大臣は、正規船であるHAI FAを違法漁船だと決めつけ、それを流布することで裁判過程に悪影響を及ぼし、HAI FAを追い詰めた」とし、新たな裁判を以てスシ大臣と再戦することを表明しました。折角、多くはない罰金で済んだにもかかわらず、わざわざ、別件で再度訴えに出るところに、HAI FA側の懐の厚さを伺い知ることが出来ると同時に、中国企業を含め、現在の海洋水産省の条例や対応に対し不満を抱く企業が多いということも暗に見て取れるかと思います。
続けて、チャン・キット側弁護団は、スシ大臣の上訴に対する予防策としてアンボン地方裁判所へ、本件に関する予審請求も行いましたが、これはアンボン地方裁から却下されました。
それでも沈めたいスシ大臣
さて、今回の裁判では撃沈どころが、対象船舶の差押えすら出来ていませんが、スシ大臣はそれでもこの船を沈めると強く訴えています。沈めるなんてもったいない、差し押さえた船は貧しい漁民に還元すればいいという考えもありますが、スシ大臣はこの大型船は、冷蔵施設は取り出してインドネシアに還元し、船は沈めて漁礁にしたいと、沈没にこだわっています。これは、撃沈処理が、見せしめ効果以外にも、差押え船を所有者の元に戻さない確実な手段であるためです。過去、インドネシアでは裁判で差し押さえた船を入札に出し、個人、企業へ競売にかけましたが、この船をインドネシア人が買い付け、元の船舶所有者へ戻すというフローが横行していたため、これを完全に断ち切るという意味もあります。更に違法漁船問題は、単に外国船が密漁をしたという問題だけではなく、それを支えるインドネシア国内外のシンジケートの存在、密漁をインドネシア側の公式又は私設武装機関が裏で保護するバッキングビジネスなどの存在等、一筋縄にはいきません。今回のHAI FAも、PT. Antarthica Segara Linesという企業傘下にあり、この企業が提携するPT. Dwikaryaは先日、中国へのオウムの密輸を行い問題になったばかりだったそうです。国内外で密漁船爆破ショーが焦点にされる中、今回の件も含め、海洋国家を自認するインドネシアの海の事情は、引き出しだらけで目が離せません。
参考:
http://finance.detik.com/read/2015/01/13/083053/2801469/4/kronologi-penangkapan-kapal-pencuri-ikan-terbesar-sepanjang-sejarah-ri
http://finance.detik.com/read/2015/03/23/090618/2866366/4/1/lainnya-ditenggelamkan-kapal-maling-ikan-asal-china-ini-hanya-dituntut-rp-200-juta
http://www.antaranews.com/berita/487324/nakhoda-hai-fa-dihukum-membayar-rp200-juta
http://www.tempo.co/read/news/2015/04/28/090661538/Selain-Benjina-Izin-Kapal-Ini-Terancam-Dicabut