インドネシア麻薬死刑囚フィリピン人 メリー・ジェーン物語 第三話

merdeka.com

メリー・ジェーン物語、第三話。 インドネシア麻薬死刑囚フィリピン人メリー・ジェーンの死刑延期の瞬間からその背景まで。

死刑延期

「メリー、部屋に戻ってください。貴女の刑は延期されました」検察官がメリーの歩みを制して言った。

体から何かが抜け落ちるのを感じた。その瞬間、彼女はなぜか泣かなかった。

刑延期を知った周りの刑務官らはメリーに拍手を送ったという。彼女は生きる機会を再度与えた神に感謝した。

間もなく、ヌサカンバンガン島一帯に銃声が鳴り響く。4月29日午前0:35、メリーが神に感謝した刑務所から2kmの地点で、他の受刑者8名は柱に縛られ銃殺刑に処された。メリー用の柱は空であった。

同日朝8:15、彼女は、元いたジョグジャカルタ・ウィログナン刑務所へ戻った。最高検察庁長官プラセトヨによるとヌサカンバンガンには女性用の施設が無いからということである。

 

政府発表 中止ではなく延期

インドネシア政府によるメリー・ジェーンに対する死刑延期の発表は、今回予定されたメリーを除く8名の死刑が執行された後であった。

インドネシア警察署長バドロディン・ハイティと最高検察庁長官プラセトヨは、死刑執行の数時間後にヌサカンバンガンに到着した。数時間前、死刑は計画通り執行すると発表していたプラセトヨはメリーに対する今回の死刑延期に関し、「フィリピン政府の延期要請を受けた。メリー・ジェーンは人身売買事件の実態を証言することをフィリピン政府から求められている。我々はフィリピン政府の法手続きを尊重する」と述べた。土壇場の土壇場まで調整が続いたか、又は、検察庁長官の知らぬところで死刑延期の決定がなされたと言うことである。

同日午前、インドネシア大統領ジョコ・ウィドドは本件について、「フィリピンとのロビー活動などない。フィリピン政府から、あちらで人身売買事件の法手続きが行われるとの書簡を受けた。これは中止ではない。ただの延期だ」と発表した。中止ではなく延期。私は彼の口からこれと同じフレームを聞いたことがある。今年1月、ジョコ大統領が任命しようとした新警察長官候補ブディ・グナワンに汚職疑惑が掛かかり、インドネシア政府はその対応に追われた。その時、ジョコ大統領は、当時の警察副長官バドロディン・ハイティを一旦、暫定警察長官に付かせ、ブディ・グナワンに関してはまず法の手続きに委ねるとし、彼の警察長官就任を見送った。この時、ジョコ・ウィドドは「ブディの警察長官就任は中止ではなく延期だ」と述べている。その後、裁判ではブディが勝訴したが、今年4月、正式に警察長官に就任したのはブディではなくバドロディン・ハイティであった。そこには国民の声が反映された。直接選挙で選ばれた大統領は国民の声を尊重した。ただし、これはメリーの死刑が中止になることを意味しない。言えるのは、ジョコ大統領の言動はそのまま鵜呑みに出来ないという事実だけだ。

 

ロビー活動

話を一旦、過去に戻したい。ジョコ大統領は今回の死刑延期に関し、フィリピン政府とのロビー活動は行っていないと述べたが、メリーの死刑延期決定の裏では、フィリピン政府とインドネシア政府によるギリギリの交渉が行われていた。

4月27日
マレーシアで行われたアセアン首脳会議の合間を利用し、フィリピン大統領アキノ三世が、メリーに対する最後の減刑をインドネシア大統領ジョコ・ウィドドに直談判した。この時、ジョコ大統領は、検察と相談の上、当日の夕方に結論を出し、フィリピン大統領へ伝えると、メディアの前で公表した。そして、同日夕刻、検察広報部長トニーが、メリーに対する死刑執行に変わりがないこと、その旨をフィリピン政府へ伝えたことを発表した。

4月28日
ヌサカンバンガンでは翌日に日付が変わると同時に行われるであろう麻薬犯9名に対する死刑の準備が進めれていた。実質ゲームオーバーである4月28日、アキノ大統領は、インドネシア外相レトノ・マルスディへ直接電話を行い、再度メリーに対する刑の中断を求めていた。 以前メリーの上告が棄却された時、そして昨日のジョコ大統領との直接会見に続く、実に三度目の大統領直々のメリー救済請願であった。又、アキノ大統領は、アセアン会議の場であるマレーシアのランカウィで記者会見を行い「彼女が巻き込まれたこの事件を世間に知らせる権利が彼女にはある。そして、フィリピンではこの黒幕どもを裁くための法の手続きが開始された」と報道陣を前に語った。正にこの当日、今回の麻薬密輸に関係があるとされるクリスティナがフィルピン警察へ自ら出頭していた。これに対し、インドネシア最高検察庁長官プラセトヨは「今頃、人身売買の犠牲者と言ってきたが、何を今更だ。刑執行の引き延ばし工作としか考えられない。彼女には法的な機会を与えている。我々の計画を妨害する外圧は控えてほしい。ここで我々が断固とした態度を取らねば、我々の麻薬撲滅努力は弱体化する」とフィリピン政府を批判した。

尚、後日談によると、この日アキノ大統領は、同じくアセアン会議に出席していたインドネシア副大統領ユスフ・カラともロビー活動を行い、メリーの救済を訴えていたという。ユスフ・カラによると、メリーの死刑延期計画は、数日前から行われており、土壇場で決定したものではないとのことで、契機はアキノ大統領とジョコ大統領及び本人ユスフ・カラの会談であったとしている。ジョコ大統領は「ロビーはない」としたが、ユスフ・カラは、「(ロビー活動は)当然ある。外交において政治的ロビー活動は当たり前であり、又、非常に重要である。我々もフィリピン政府に対し、一介の運び屋などより、問題の根源である麻薬シンジケート自体に対し強く対処されることを望む」と述べた。ユスフ・カラはインドネシアでは交渉力と実行力に長けた人物であると評価される。

又、一つ言えるのは、もしアキノ大統領がここまでイニシアティブを取らなかった場合、おそらくメリーへの死刑は実施されていたということである。アキノ大統領のロビー活動以前に行われていた、フィリピン外相アルバート・ロザリオ、法務相ライラ・リマらとインドネシア最高検察庁長官プラセトヨとの交渉は完全に頓挫していた。

 

市民運動

ジャカルタでの死刑反対運動 tempo.co
ジャカルタでの抗議活動 tempo.co

メリーに対する死刑反対運動はフィリピンのみならずインドネシアでも行われている。但し、インドネシアで彼女が大きくメディアに取り上げられたのはここ最近である。それ以前は、今回死刑が執行されたオーストラリア人受刑者2名「通称バリ9」が圧倒的に大きくニュースに取り上げられていた。それは死刑反対のニュアンスではなく、隣国であり白人の大国であるオーストラリアとインドネシアにおけるナショナリズムの接点をなぞらえた内容で伝えられた。インドネシア政府は、今回の死刑問題に対し、麻薬撲滅と国家主権をセットとして国民のナショナリズムを訴えており、インドネシア国民の評価は高かった。因に、今回同様に処刑されたナイジェリア人やガーナ人、ブラジル人に関する情報やニュースはメリー以下の扱いである。

さて、死刑が目前に迫った4月28日、海外労働者支援団体Migrant Careのアニス・ヒダヤがジョコ大統領と対談を果たしていた。ここで彼女は、5月1日のメーデーについて話を行った他、メリー・ジェーンに対する死刑の再考を切実に訴えた。「もしインドネシアで死刑が執行され、その後の裁判で彼女の無実が証明されたなら、インドネシアは罪のない人間を処刑した事になります」アニスはジョコ大統領に対しそういうことを言った。それに対し大統領は黙ったままで顔の表情も変わらなかった、いや表情がなかったという。アニスはジョコ大統領の仕草から彼の考えが読めなかった。最後に彼は「検討する。出稼ぎ労働者の環境は改善されるべき」それだけを述べ、会談は終了した。彼女は大統領の前で持てる力全てを使い果たし、そして、一気に脱力した。

現在、フィリピン政府が海外に88名の死刑を待つフィリピン人出稼ぎ労働者を抱えているのと同様、インドネシアでも290名もの出稼ぎ労働者が海外で死刑に直面している。根本問題は貧困である。そして奇しくも、死刑執行予定日直後の5月1日はメーデーであった。インドネシアのメーデーといえば首都ジャカルタの中心をも覆う労働者デモである。メリーに対する4月29日の死刑執行延期は、こういった微妙なタイミングを味方につけたのかもしれない。

 

パッキャオによる恩赦請願

その他、世界ウェルター級王者統一戦で惜しくも敗れたフィリピンの英雄的ボクサー、パッキャオもジョコ大統領に対しメリーの恩赦の請願を行っている。彼はGMAニュースで以下のように訴えた。

「親愛なるジョコ・ウィドド大統領、私はマニー・パッキャオと申します。私と同じフィリピン人の友人であるメリー・ジェーン・ヴェローソ及び全フィリピン国民の名において、私は貴殿の尊い心が、彼女に恩赦を与え、彼女が死刑から救済されることを望みます。大統領、私は5月2日にメイウェザーとラスベガスで試合を行います。世紀の試合と言われています。私が一人の命を救う手助けが出来たなら、それは私の試合の素晴らしい糧となり後押しとなります。私は今回の試合をわが祖国、そしてフィリピンとインドネシア、全アジアの国民に捧げます。ありがとうございました。大統領閣下」

パッキャオはその糧を得て、リングへ向かった。

 

クリスティナの出頭

ところで、不可解なのはメリーの死刑執行直前の4月28日になって突如、フィリピンの警察へ出頭したクリスティナである。彼女がメリーを哀れに思い自首したという論調で一部インドネシアメディアは報じたが、彼女が逮捕されれば、彼女と家族はフィリピンの法及び麻薬シンジケート双方からの恐怖に晒されることとなる。

4月27日フィリピン司法省配下の国家調査局は、マリア・クリスティナ・セルジオとその彼氏ジュリアス・ラカニラオ、及びアフリカ人イケの3名を違法人材派遣、人身売買及び詐欺の件で告発した。

そして、翌日4月28日午前10:30、クリスティナとジュリアスは、ジュリアスの父親に連れられ、エバエシハ州警察へ出頭、自身の保護を求めた。彼女らによると、彼女ら及び家族が、携帯やフェイスブック経由で殺害する等の脅迫を受けており、身の危険を感じて出頭したの事である。更に彼女らはメリーにはマレーシアでの仕事を斡旋しただけで麻薬事件とは関わりが無く、マレーシアでメリーが誰かと頻繁に電話を繰り返し、彼女は突然インドネシアへ行ってしまったとし、「真実は明らかにされる。私は無実」と述べている。

インドネシア、フィリピン、マレーシアを巻き込む今回の麻薬密輸事件及び死刑問題は一筋縄ではいかない予感だ。

※ 彼らとメリー・ジェーンの関係は「インドネシア麻薬死刑囚フィリピン人 メリー・ジェーン物語 第一話」を参照願いたい。

 

メリーが子供たちに残した言葉

メリーは刑の直前、彼女の2人の子供に下記の言葉を残している。

「マーク(12歳)、もし私が死んでも、それは私が悪い人で刑務所に入っていたから死んだということじゃないから。マークのママは他人の罪を負って死んでいった、そういってほしい。ママは清らかな心で死んだと思って。私は、無実のまま天国に行きます。わかった?」

「ダーリン(6歳)、今どうなっているかわかる?もしママがお家へ帰らなかったら、それは、神様に呼ばれたということ。わかったわね」

現状、彼女に対する死刑のステイタスは中止でなく延期である。そしてこれらの遺言が遺言でなくなるかどうかの第一関門、フィリピンでの公判は5月8日から始まる。既にフィリピンで証人として直接出廷する可能性を否定されているメリー・ジェーンは、テレビ会議システムを使った証人尋問への参加をインドネシア政府から提案されている。

 

続く

 

※ 尚、本件は現在も司法手続き中であり、原則下記のソース他を参考に記事を作成しておりますが、彼女の冤罪を訴える記事ではなく、飽くまで参考資料の一つと位置付けて掲載しています。 又、本記事内容に対する責任は当方では一切負いません。

 

参考:
http://nasional.kompas.com/read/2015/04/27/16314361/Dilobi.Filipina.Jokowi.Akan.Putuskan.Nasib.Mary.Jane.Sore.Ini
http://news.detik.com/read/2015/04/27/200651/2899705/10/jokowi-dan-jaksa-agung-sudah-sampaikan-eksekusi-mary-jane-ke-presiden-filipina?n991101605
http://news.detik.com/read/2015/04/28/181454/2900661/1148/presiden-filipina-kembali-mohon-indonesia-ampuni-mary-jane?n991102605
http://www.merdeka.com/peristiwa/di-nusakambangan-jaksa-agung-ungkap-alasan-tunda-eksekusi-mary-jane.html
http://www.merdeka.com/peristiwa/ini-alasan-jokowi-minta-eksekusi-mati-mary-jane-ditunda.html
http://www.tempo.co/read/news/2015/04/30/118662316/Lobi-Gila-gilaan-Presiden-Aquino-Selamatkan-Mary-Jane
http://www.tempo.co/read/news/2015/04/30/118662316/Lobi-Gila-gilaan-Presiden-Aquino-Selamatkan-Mary-Jane
http://www.beritasatu.com/hukum/269736-wapres-akui-ada-lobi-politik-di-balik-tertundanya-eksekusi-mary-jane.html
http://olahraga.kompas.com/read/2015/04/27/19001271/Pacquiao.Surati.Jokowi.Minta.Pengampunan.Soal.Hukuman.Mati.Mary.Jane?utm_source=WP&utm_medium=box&utm_campaign=Kknwp
http://www.jpnn.com/read/2015/04/29/300982/Ini-Dia-Wanita-yang-Mengaku-Merekrut-Mary-Jane
http://www.tempo.co/read/news/2015/05/01/078662535/Kisah-Tiga-Wanita-yang-Selamatkan-Mary-Jane
http://www.cnnindonesia.com/nasional/20150430112916-12-50252/kisah-mary-jane-saat-dicegat-ditarik-dari-grup-9-terpidana/
http://www.rappler.com/world/regions/asia-pacific/indonesia/english/news/91127-mary-jane-veloso-family-visit
http://www.merdeka.com/peristiwa/aksi-maria-selamatkan-mary-jane-fakta-atau-rekayasa.html
 




 


Warning: count(): Parameter must be an array or an object that implements Countable in /home/jalanx2root/indonesiashimbun.com/public_html/wp-includes/class-wp-comment-query.php on line 399

1 Trackbacks & Pingbacks

  1. インドネシア麻薬死刑囚フィリピン人 メリー・ジェーン物語 第二話

Comments are closed.